CHAVIN(紀元前1200年頃)/鐙型壺
アンデスの神の場所
アンデスでは、酒を飲む前に大地に少したらしてから飲む慣習が広く認められる。中央アンデス高地のケチュアの人々はこれをティンカと呼び、儀礼の際にも頻繁に行う。大地に宿る神々に対して、酒(液体)を捧げているのである。アンデス先住民社会において、乾燥した状態は、活力(エネルギー)の消失/病/冷などといったシンボリズム(象徴性)に属すもので、潤いを与えることにより、力(エネルギー)に満ち溢れた状態への変化が期待されるのである。大地に宿る神々が力を維持することは、水が得られて、豊穣や繁殖がもたらされ、人間社会あるいは生あるものの世界すべてを維持することに直結する。
大地あるいは地下に神々が宿るという観念は、現在のアンデス先住民社会の中に明瞭に認められ、ケチュアの人々は地下世界をウフ・パチャと呼ぶ。洞窟や岩の裂け目、そして湖や湿地帯などは、神々の世界への入り口として捉えられ、神聖視されている。スペイン侵入以前の遺跡を見ても、洞窟や大岩の下や周囲に同質の意味が与えられ、儀礼行為を行っていたことは明らかである。インカ時代には、こうした場所に、死者、換言すればエネルギーを喪失した(あるいは乾燥した)人間を保管するためにも利用されている。
アンデス先住民が地下世界に特別な意味を与えていたことは、今から3000年以上も遡る、形成期の神殿にも明瞭に示されている。神殿の中に、地下構造が設けられているのである。その代表的な遺跡チャビン・デ・ワンタル神殿には、迷路のように入り組んだ地下通路があり、そのほぼ中央部には、神のイメージを彫刻したナイフあるいは剣のような形をした石が、大地に突き刺さったように置かれている。そのイメージは、擬人化された猫科動物である。口からは大きな牙が突き出し、大きく刻まれた目は下から上を見上げている。地下世界にある神が、地上世界を見つめているのである。形成期〜地方発展期において、ジャガーやピューマといった猫科動物は、地下に宿る神観念の中心的存在であった。猫科動物の文様は、牙や目などが様式化されて、土器や織物そして神殿装飾等に示され、ペルー北部〜中央部にかけて広がる。もちろん、その目は下から上を見上げている。
ここで紹介する形成期の土器にも、瞳を上に向けた猫科動物の横顔が連続的に装飾されている。注口は風変わりな形をしているが、こうした土器は、乗馬の際に足をかける鐙の形に似ているため、鐙型壺と呼ばれる。鐙型壺は、アンデス文明形成期に急速に広がるもので、その伝統はインカ時代にいたるまで、特にペルー北海岸を中心に継承されていく。
(東海大学助教授 大平秀一)