
チャンカイ(紀元後900-1470)/人物文様・綴織
アンデス文明の 「杖」
頭に飾りを付け、貫頭衣を身に纏った人物が、両手に杖のような道具を持っている。その杖の一端に表象されているのは、おそらくヘビであろう。この人物が纏っている貫頭衣の縁部分には、実際出土している貫頭衣にも多くみられる波文様が示されていることから、以外に写実性を帯びた図像といえるのかもしれない。
アンデス文明の物質文化に残された図像の中には、手に杖を持っている人物像を示したものが少なくない。チチカカ湖南部のティアワナコ遺跡の「太陽の門」に刻まれた、ビラコチャというアンデス地域の主神を表したといわれる像は、その代表的なものといえよう。ペルー北海岸のモチェ文化では、実際に木製の杖が神官あるいは呪術師の墓から出土しており、その一端にはフクロウや、やはり杖をもった神あるいは神官が表象されている。いったい、アンデスの先住民にとって、杖にはどのような意味があったのだろうか。
インカの起源神話の中には、太陽が自分の息子と娘を地上に降ろし、金製の笏(杖)を投げて大地に沈む場所を探させ、クスコでそれが沈んだためにそこに町を建設したということが語られている。16世紀の神話では、神格化された存在が手に杖を持っていることや、神観念と関連する重要な要素であった稲妻と共に、杖が大地の中に入っていくことが示されている。同質のことは、20世紀になって採集された「インカリ」という神話の中にも認められる。そこでは、インカリ(インカ・レイ….スペイン語で「インカ王」の意)という神格化された存在が、金製のバレータ(穴を掘るための棒状の道具)を投げ、それが土中を突き抜けてクスコまで入っていったと述べられている。
現在のペルー北海岸では、「ブルホ」と呼ばれる呪術師が、神々を降臨させて交信するために、「メサ」と呼ばれる方形の敷物の上に様々な儀礼道具を広げ、その脇で剣や複数の杖を大地に突き刺す。その中には、上述したモチェの神官の墓から出土したものを彷彿とさせるものもある。また、現在のラテンアメリカの祭りの中には、催しや飲食など、祭りの準備や負担のすべてを個人が請け負うものがある。その個人は、多大な経済的負担を強いられるが、コミュニティーの中で大きな名声や権威を得ることになる。エクアドル南部高地のある社会では、その祭りの主のシンボルとして、杖が用いられている。
以上のようなことを考えれば、アンデス先住民社会において、杖は神々あるいは力のシンボルと密接に関連する物質であったことが推測される。ここに紹介した織物の中に示された人物像は、神々、神官(シャーマン)、権力者などであったと考えてよいだろう。
(東海大学助教授 大平秀一)
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